いきなりステーキの歴史

日本の外食産業において、「高級品」というイメージが強かった厚切りステーキを、誰でも気軽に、驚きの低価格で立ち食いできるという画期的なビジネスモデルで一世を風靡した「いきなり!ステーキ」。立ち食い形式による高回転率の実現、グラム単位での定量売り(量り売り)、そして肉好きの心をくすぐる「肉マイレージ」システムなど、数々の斬新なイノベーションを打ち出し、外食史に残る爆発的なブームを巻き起こしました。その後の過度な急拡大に伴う苦難や事業再編を含め、日本経済と外食トレンドの激動を象徴する「いきなり!ステーキ」の歴史は、常識を打破する起業家精神と、市場の急変化に直面した外食経営のリアリティを物語る壮大なドキュメントと言えます。
いきなり!ステーキの歴史は、2013年(平成25年)12月、東京都中央区銀座にオープンした第1号店「いきなり!ステーキ銀座4丁目店」から始まります。創業母体となったのは、高級洋食店やペッパーランチなどを展開していた株式会社ペッパーフードサービスであり、創業者の一瀬邦夫がその強力なリーダーシップのもとで立ち上げた新業態でした。
当時、本格的な厚切りステーキをレストランで食べようとすれば、3000円から5000円以上、あるいはそれ以上のコストがかかるのが常識でした。一瀬は「前菜などを省き、最初にお腹がすいた状態で『いきなり』本格的なステーキを好きなだけ食べられたら、どんなに魅力的だろうか」という発想を抱きました。そして、従来の常識では考えられなかった「原価率約60%」という破格の高品質な厚切り肉を仕入れ、それを安価で提供するための仕組みとして「立ち食い形式」を導入しました。
客席を立席(立ち食い)にすることで、一客あたりの滞在時間を短縮し、圧倒的な高い回転率(客回転率)を実現しました。これにより、高い原価率を回転数でカバーし、1グラム単位で好みの厚さにカットして焼き上げる「量り売り(オーダーカット)」というエンターテインメント性と満足感を両立させることに成功したのです。
2013年の銀座1号店の開店直後から、安くて旨い厚切り肉を立ち食いでガッツリ食べられるというスタイルは、サラリーマンや肉好きな若者、OLを中心に爆発的な人気を呼びました。店舗前には連日長蛇の列ができ、テレビや雑誌、SNSなどのメディアで「外食産業の奇跡」「デフレ時代の救世主」として大々的に取り上げられました。
2014年以降、ペッパーフードサービスは直営店のみならずフランチャイズ(FC)システムを活用し、怒涛の全国展開を開始します。都心のビジネス街や繁華街の路面店をはじめ、商業施設、そして郊外のロードサイドへと出店スピードを加速させました。
この急成長を後押しした強力な武器が、2014年に導入された独自の会員プログラム「肉マイレージカード」でした。食べたステーキの重量(グラム数)がそのまま「マイル」として加算され、累計重量に応じてゴールド、プラチナ、ダイヤモンドといった会員ランクが上がり、無料ドリンクや誕生日特典などの豪華なサービスが得られる仕組みです。このゲーム性と達成感を刺激するシステムは、リピーターの爆発的な増加を生み出し、累計マイレージを競い合うヘビーユーザーやファンを全国に大量発生させました。
2015年には100店舗を突破し、2017年には自社ブランドの東証一部(現・プライム市場)上場を果たしました。さらに、2017年2月には「本場アメリカへの逆上陸」を目指し、ニューヨーク(マンハッタン)に海外1号店を出店。日本発の立ち食いステーキ文化を世界へ広めるパイオニアとして大いに注目を集めました。翌2018年には全都道府県への出店を達成し、店舗数は一時期500店舗を超えるなど、日本の外食史上でも類を見ない超高速での規模拡大を遂げました。
しかし、過度な急拡大の裏で、ブランドは徐々に大きな試練に直面することになります。2018年頃から、自社店舗同士が競合する「自社食い(カニバリズム)」が発生し始めました。同一エリアに短期間で複数の店舗を集中出店したため、既存店の客足が分散し、一店舗あたりの収益性が急速に低下しました。また、立食スタイルから座席(椅子)を導入する店舗を増やしたことで、本来の強みであった高回転率が鈍化し、店舗運営のコスト構造が変化していきました。
さらに、米国店舗の苦戦と撤退、原材料費や輸入牛肉の価格高騰、消費者のブームの一巡、そして他社による類似の格安ステーキチェーンの追随など、多方面からの逆風が重なりました。こうした収益悪化に対処するため、店舗網の大規模な縮小や不採算店舗の大量閉鎖、運営体制の抜本的な見直しを余儀なくされました。2020年以降の新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックは、飲食業界全体に甚大な打撃を与え、いきなり!ステーキも大規模な事業再編と構造改革を断行することとなりました。
苦難の時代を経て、いきなり!ステーキは原点回帰と新たな顧客価値の創出に向けた再生へと舵を切りました。創業者の交代や組織体制の刷新を経て、不採算店舗の整理を完了させ、残された店舗の収益基盤を再構築しました。
全席着席スタイルの快適な空間づくり、ランチメニューの充実、持ち帰り(テイクアウト)やデリバリー需要への対応、そして部位やカット技術の見直しによるクオリティの再向上など、単なる「安さと量」だけではない、時代のニーズに即した「質の高い体験価値」を提供するステーキレストランへと再定義を進めています。インバウンド需要の回復や外食市場の持ち直しに伴い、コアな肉ファンからの揺るぎない支持を背景に、着実な歩みを再開させています。
銀座の路地裏に誕生した小さな立ち食い店から始まり、原価率60%と量り売りによる業界革命、肉マイレージが巻き起こした空前のステーキブーム、そして急拡大の苦難と構造改革へ。いきなり!ステーキの歴史は、従来の常識を根底から破るイノベーションの爆発力と、市場の変化に即応し続ける経営の難しさとたくましさを同時に示し続ける、日本外食史の貴重な足跡そのものと言えます。